ガラスマイクロニードルの弾性率の計算方法

さて,細いガラスを引き延ばして作成したガラスマイクロニードルですが,そのたわみの弾性率をきちんと計っておかなければなりません.

まず,計算から見積もってみましょう.

たわみの弾性率は以下の式で表すことができます.

ここで,

x(L) : ガラスニードルのたわみ量 [m]
F : ガラスニードル先端にかかる力 [N]
L : ガラスニードルの長さ [m]
E : ガラスのヤング率 [N/m2]
IA : 慣性モーメント [m4]

です.
ここで,慣性モーメントは,断面形状により,円形の場合,

となります.ここで,

a : ガラスニードルの半径 [m]

です.さて,これらの式をフックの法則のように書き直して見ると,

となります.

k : ガラスニードルのたわみの弾性率 [N/m]

あくまでたわみ量が少ない時の計算式ですが.
ここで重要なことは,ガラスニードルのたわみの弾性率は,
 直径の4乗に比例
 長さの3乗に反比例

する,と言うことです.
つまり,長さが2倍になると弾性率は8倍柔らかくなり,太さが2倍になると弾性は16倍固くなる,と言うことです.

具体的な値は,ガラスのヤング率を,7.1×1010 Pa,とした場合,
 ガラスニードルの長さ: 1 mm
 ガラスニードルの直径: 1 um
の場合,弾性率は,
 0.167 pN/nm
と言う値となります.

さて,この値はあくまで理論値です.
ガラスニードルを熱して引っ張るのですが,きちんと円柱状になるわけではありません.
普通は,円錐状(非常に長いですが)になってしまいます.
そうなると,理論的計算ではとても追いつきません.

そこで,実際に計ってみなくてはなりません.
たわみの弾性率の見積もり方はいろいろありますが,我々は以下の手法を用いました.
それは,
 実際にニードルの先端におもりをつけ,たわみ量を計測する
と言うものです.
具体的に用いたのは,1mあたり,3.8mgの非常に細い鋼線です.
これを実態顕微鏡で観察しながら1mm以下に切り取ります.
その際に,長さをきちんと測っておくことが重要です.
切り取った鋼線を実態顕微鏡の上でU字型にピンセットなどで曲げます.
このU字型の鋼線を計測用のニードルの先端に乗せ,その際のたわみ量を計測します.

おもりをニードルの先端に乗せる方法は,
 計測用のニードルを実態顕微鏡の下で,水平にセットする.
 作業用の固いニードルを斜めにセットし,二つのニードルを対面させる
 作業用のニードルを操作し,U字型の鋼線を引っかけて持ち上げる
 作業用のニードルを操作し,測定用のニードルに移し替える
 変位量は測定用のニードルの先端のフォーカスの変化から見積もる
と言うものです.

ここで,α,は重力加速度[m/s2],mは鋼線の質量[g]です.
鋼線の質量とガラスニードルのたわみの弾性率との関係は,

この作業を一本のガラスニードルに対して,複数の鋼線で複数回計測して,平均を取ることでたわみの弾性率を見積もります.
これで基準となるガラスニードルが完成します.
しかし,この作業は結構な労力を伴いますし,弾性率の低いガラスニードルの場合,短い鋼線を作成しなくてはなりません.
しかし,短い鋼線は長さの見積もりに誤差を伴います.
そこで,この基準となるガラスニードルを使って,別のガラスニードルの弾性率を見積もりましょう.

その方法は,
 基準ガラスニードル(弾性率が既知)と目的のガラスニードル(弾性率が未知)とを倒立顕微鏡上で対面させる
 この際の対物レンズは40倍程度
 お互いの先端を接触させ,片方のニードルをマニピュレーターで水平に動かす
 接触している点は,お互いの弾性率の比に応じてて変位する
 この比率と基準となるガラスニードルの弾性率から,計測用のガラスニードルの弾性率を見積もる
と言うものです.
文章で説明するより,図を見てもらう方がわかりやすいでしょう.

このとき,ガラスニードルAの弾性率をKA,Bの弾性率をKBとして,マニピュレータによる変位量をXM,画面上のニードルの先端の変位量をXAとすると,

となります.しかし,ここでニードルBは動かしているので,ニードルBの変位量,XB,は正確には見積もれません.
そこで,式を変形して,

とすれば,マニピュレータの変位量と画面上でのニードルの先端の変位量から,弾性率の比が求まります.
この手法を我々は,Cross Calibration,と呼んでいます,英語的に正しいかは別として...
ここで注意しなくてはならないのが,この弾性率の比.
もし,10倍違うとすると,マニピュレータの変位に対する先端の変位が1/10以下,もしくは90%以上になってしまいます.
そうなると,正確な比が求まりにくいので,弾性率の比は,3倍程度にしておくのがいいでしょう.

我々の場合,基準となるニードルは非常に重要なので,
 親ニードル
を数本,弾性率にバラエティを持たせて作成しておきます.
その後,Cross Calibrationにより子供ニードルを10本ほど作っておきます.
そして,実際に計測に使うニードルは,この子供から孫ニードルとして作成します.
そうすれば,基準ニードルの10倍,もしくは1/10のニードルのバラエティができますし,親ニードルにバラエティを作っておけば,さらに広範囲の計測用ニードルが作成できます.

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